この本は、おそらくわが国で初めて、責任能力あるいは精神鑑定に関して、弁護人の立場から記述した本でしょう。これまで、精神科医(中田修先生、中谷陽二先生、福島章先生。最近では、精神鑑定書作成の手引き、リュミエールの五十嵐禎人先生、岡田幸之先生が有名ですね。)の立場から記述された本はあっても、法曹三者の立場から記述された本はほとんどなく、あっても裁判官(高橋省吾元判事の昭和59年決定の最高裁調査官解説、『刑事事実認定(上)』など)の立場から記述されたものがほとんどでした(数少ない例外として、渡辺一成先生の判例タイムズの論考と、北潟谷先生の札幌弁護士会会報の論考は読み応えがあります。また、私的鑑定と訴訟能力に関しては、金岡繁裕先生の論考は必読です。)。
内容的には、中島直先生(多摩あおば病院)の講演録が必読であり、巻末の判決一覧も有用です。とくに中島先生の講演は含蓄があり、丁寧に読んでいくと思わぬ発見があります。ただ、それ以外の部分は、やや記述が薄く、分析が不足しているように感じたのも事実です。おそらくは,これまで責任能力を争う事件を担当したことのない弁護士向けに,最低限の知識を伝えることを目的にしたためでしょう。いずれにしても、わが国では弁護士が執筆した責任能力をタイトルに関する書物は初めてであり、これから責任能力を争う刑事弁護に取り組む若手弁護士には必読の書であることは間違いないでしょう。
責任能力と精神鑑定は、私の主要な研究テーマの一つであり、常日頃から考えていることでもあります。自由と正義の平成25年10月号にも、「責任能力を争う裁判員裁判の弁護活動(3)」と題する論考を投稿しましたが、こうしたテーマは一人(あるいは、菅野亮先生と二人)で考えていても、なかなか目新しいアイデアが思い浮かぶわけでもなく、煮詰まってしまうところがありますので、他人が書いた本を読ませていただき、自分なりに思考を深化させる契機としたいです。そして、望むべくは、この本に負けないような充実した内容を盛り込んだ弁護活動の手引き書を、いずれ世の中に送り出したいと密かに願っています。
※2014/5/20に訂正しました。
(田岡)