一般の方には聞き慣れない言葉かもしれませんが,「証人テスト」とは証人尋問に先立ち,証人と打合せをすることをいいます。法廷で,いきなり尋問をすると予想外の答えが出るといけないので,あらかじめ打合せをしておこおう,というわけです。
もちろん,証人テスト自体は違法ではありません。刑事訴訟規則191条の3は,証人と打合せをすることをむしろ奨励しています。しかし,現実には,この機会に,供述調書どおりの証言をするように誘導されることが少なくないのです。そして,証人テストは,取調べと同じく密室で行われているため,そこで何が行われているかが分からないところに問題があります。
つい先日も,私が担当している刑事事件で,こんなことがありました。
ある証人が,検察官から「あなたが○○を買ったのはいつなの?」と聞かれて,証人が間違って,○○を買った日付でなく,警察に捕まった日付を答えてしまったのです。ところが,証人は「○月○日です」と答えて平然としています。間違っていることに気がつきません。「丸暗記してきたのに,答える場面を間違えてしまったんだな」と思って,裁判官の方を見上げると,裁判官も苦笑いをしています。
常識的に考えて,半年以上も前のことなど覚えているはずがありません。もちろん,記憶に残る特別な出来事であれば別です。しかし,○○は「牛乳」や「ビール」と同じくらいにありふれたものなのです(伏せ字にしているため,分かりづらくてすみません)。しかも,警察に捕まったときには,証人は「1週間くらい前の○曜日から○曜日の間」と言っていたのです。それが,半年以上も経って,「○月○日です」と断定できるのは不自然としか言いようがありません。つまり,証人は,記憶に基づいて証言しているのではなく,事前のリハーサルで検察官に教えられたとおりに証言しようとしているに過ぎないのです。
この事件では,○○を買った日付がそれほど重要な問題ではなかったために,私もあえて問題にはしませんでした。しかし,もしこれが有罪無罪を決めるようなもっと重要な事実であったならばどうでしょうか。また,この事件では,たまたま無能な検察官であったために,供述調書どおりに証言させようとしてボロを出しました。しかし,有能な検察官であれば,記憶があいまいであるはずの部分は曖昧に証言させようとするでしょう。そうなれば,裁判官,そして裁判員が誘導を見抜くことは難しいでしょう。
このように「証人テスト」により誘導どころか,供述調書を丸暗記させられていると感じることは日常茶飯事です。多くの弁護士,そして少なくない裁判官は,そのために本来は真実を発見する場であるはずの公判が,事前に丸暗記したことを答えさせるだけの「答え合わせ」の場になっていることを体験していることでしょう。
(田岡)